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僕のライスワークはこんな感じ2020と得意分野に追い込め!

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あなたにおはようございます!

朝寝坊5時45分起きの雑文作家の十六夜ヒロです。😹

 

ブログを書き始めたときには、6時17分になっていました。

 

そこから追い上げます。

 

さて、僕のライスワークは製造業ですが、新型コロナウィルスの緊急事態措置においても、現物が必要なので、通わざるを得ません。

 

津の会社から、鈴鹿の現場まで来るまで送迎バンに乗ることになりますが、そこが密閉空間になります。

 

僕は毎日、感染リスクと戦っていますね。

 

先日、埼玉から来た男によって、三重県の鈴鹿市でも新型コロナウィルス感染者が出ました。

 

現在では、イオンモール鈴鹿の専門店街にも緊急休業が取られて、食料品売場以外は閑散としております。

 

今日は仕事について書こうと思います。

それでは、本文をお読みくださいませ。

 

僕のライスワークはこんな感じ。

僕は普段、ライスワークとして工場でハーネスという車の部品を作っています。

去年は、バレンタイン&ホワイトデーのチョコレートの詰め込みをやっていましたね。

 

クリスマスや、バレンタインのお菓子って前もって作られる物がほとんどです。

まぁ、シャトレーゼさんのように完全受注生産で予約分のみを作る良心的な会社もありますけどね。

 

このハーネスという部品づくりがついに新型コロナウィルスの影響で、工場が止まってしまい、作れなくなりました。

 

そうなったらどうするか?

お菓子や石鹸などの化粧箱を作ったりするのです。

だから、仕事がなくなるなんてことはよほどのことがない限り、なくなるなんてことはないのですが、リモートワークが出来ないのがつらいですね。(笑)

 

そんな仕事ですが、障害者枠での就業になっているので、9時から14時までと短いのです。

 

僕の同僚はと言うと、暇な時間はソシャゲにハマったり、競艇にハマったりと割に自由が効きますが、意識高い人は、習い事をしています。

 

エクセルの操作などを習得している車椅子の若い女性がいましたね。ただ、彼女はなかなか車椅子の自由が効く職場が見つからないと嘆いていました。

 

身体障害者はまだ配慮してもらえるから良いのですが、精神障害者に対する差別は未だに激しいのが現状です。

どうやって雇ったら良いのか、解らない。すぐに心が折れるで会社にとって使いにくいのが現状です。

 

僕は精神障害者に当たりますが、病気は寛解しています。

寛解とは、症状が出ないだけで薬は飲み続けなければならない状態です。

 

だから、僕は暇な時間を使って、身体のメンテナンスや読書をしたりして、自分自身をアップデートしたりしています。

もちろん、ブログだって書きます。

 

このブログの広告収入と企業様に寄稿したブログの収益で副業が成り立っているのです。

これが作家としての、ライフワークになります。

 

いつかは本を出版社から出してもらえて、より一層の皆様とご縁を結びたいと願っています。

 

自分の得意分野に追い込め!

僕の得意分野は、文章を書くことです。

実は、元々文章を書くことが苦手でした。

 

特に心を打つことが苦手で、小学生の頃は読書感想文を書いたつもりが、粗筋を書いてしまったりと大恥をかいてしまったことで、文章を書くことが苦手になってしまいましたね。

 

今で言う、Wikipediaのような硬い文章しか書けませんでした。

そして、僕自身がウィキペディアンだったことから、ブロガー(あえてこの表現を使いました。)に転身をするまで、時間がかかりました。

 

今でもSEO(検索エンジン最適化)が苦手な理由はそこにあります。

 

心が冷たかったわけではありません。ただ、感情を出すことが苦手だったのです。

多分、実父が元船乗りだったため、泣き言を言うのが許されなかったのでしょうね。

 

感情的になることが初めて許されたのが、Video Game(テレビゲーム)との出会いでした。

1978年のスペースインベーダーブームの頃には、田舎だったので1年乗り遅れてしまい、1979年の駄菓子屋で設置されたナムコのギャラクシアンでゲーマーデビューしました。

その当時は、300円しかお小遣いがもらえず、一回50円のゲームはあっさりと終わりました。

 

効率よく敵を攻撃する技を持ってなかったので、下手くそだったのです。

それが上手くなったのは、数年後です。

 

『古いゲームが得意』という長所を持つことになったのです。

それから数年後の1983年にファミリーコンピューター、通称ファミコンが登場しました。

しかし、メモリ不足による大人の事情を知ることはなく、アーケード(ゲームセンター)で育ってしまったため、当初はファミコンを莫迦にしていました。

 

ゼビウスの再現度は完全じゃないもののある程度は認めていました。しかし、100点をあげる気にはなりませんでした。

 

それが変わったのは、ドルアーガの塔が出た頃からです。

ファミコンの本体を持っていなかったのに、カセット(ROMカートリッジ)を買ったので、ファミコンを持っている友人宅に上がりこんで、夢中でやっていました。

 

それからは、ゲーマーとしての人生を歩んでいましたが、中途半端だったために無駄足を踏んでしまったように感じます。

 

ゲーマーを極めた人たちは、自分の知識を生かしてYou Tubeに参入していったのです。

僕はそれに乗り遅れてしまいました。

 

良かったら、この動画を見てやってください。


日本初のビデオゲーム製作会社【消えたゲーム会社:タイトー編前篇】FILE21


日本初のビデオゲーム製作会社【消えたゲーム会社:タイトー編中篇】FILE21


日本初のビデオゲーム製作会社【消えたゲーム会社:タイトー編後篇】FILE21

本当に極めた人っていうのは、ここまでやって初めて『極めた』に到達します。

後は、ゲームの世界内で攻略を極めた人ですが、これは僕から見れば井の中の蛙大海を知らず、天空の深さを知るです。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

よろしければ、Twitter、はてブコメント、LINEなどで拡散していただけたら僕は嬉しいです!

 

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 それではでは!ごきげんよう!