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VividColorDreamer〔仮題〕

HSPを抱えた流浪のブログ。テンションだけで乗り切れる。HSPを導きたいと思っています。

ゲーム機とパソコン。進化と価格破壊。その2。

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 taya27muさんによる写真ACからの写真

 

あなたにこんばんは。

朝5時40分起きの雑文作家、十六夜ヒロです。😹

 

この話は前後編に分かれています。

先に前編からお読みください。 

www.alkanet-books.com

 

今度は、スーパーファミコン以降について語りたいと思います。

 

スーパーファミコンは、1990年11月21日に任天堂さんが日本から発売されました。

1990年の頃のパソコンについて書きたいと思います。

 

それでは、本文をお読みくださいませ。

 

1990年頃のパソコンと、スーパーファミコン。

 

www.eonet.ne.jp

 

1990年と言えば、30年前ですね。

まだその頃は、MS-DOSの時代で、PC-9801VM以降が国民機としての地位を持っていました。(ワープロソフト一太郎が売れていたのもあるし。)

インターネットは存在しておらず、パソコン通信がかろうじて可能だったのです。

 

X68000もその頃は流行っていました。

日本のパソコン史を塗り替えるDOS/Vなるものが登場し始めたのがこの年です。

(現在のWindowsパソコン。)

 

まだその頃は、CPUが286から386へ、そして、486へと移り変わった時期であり、パソコンの速度がまだまだ遅かった時代でした。

 

スーパーファミコンが出た11月に何が出たのか、調べてみたいと思います。

スーパーファミコンの価格は25,000円です。

 

NECさんから、PC-9801DXが出ましたね。まだ80286マシンでした。

468,000円と高価でしたね。そして、5インチフロッピーディスクよりも、3.5インチフロッピーディスクの方が使い勝手が良いので、3.5インチモデルにシフトします。

 

東芝さんのダイナブック386が売れた時代でもあります。

その頃は、Windowsがありませんでした。

 

一方、ゲームと言えばスーパーファミコンの時代だと言えましたね。

ドット絵の回転、拡大縮小が売りで、メガドライブもこれに追いつけ追い越せと競い合っていました。

しかし、メガドライブ版『フェリオス』(ナムコ/現:バンダイナムコエンターテインメント)は拡大縮小が出来なかったため、残念な出来になっていました。


[Wii VC]#06 フェリオスのメガドライブ版とアーケード版を遊び比べました。

 

実は、ソニーさんはスーパーファミコンの拡張機器にプレイステーション(初代PlayStationとは別物)を開発していたが、フィリップ社とのゴタゴタがあったために、立ち消えになりました。


【ゆっくり解説】黒歴史ハード「任天堂プレイステーション」

その頃は、NECさんのPC-エンジンCD-ROM2(ロムロム)、セガさんのメガCD、富士通さんのFM-マーティーというCD-ROMハードが出回ったため、任天堂さんは大きくチャンスを逃すことになる。

 

しかし、ここで任天堂さんが周辺機器としてのプレイステーションを出すことを許していたら、ゲーム業界の歴史が変わったかもしれない。

 

その頃のゲーム機の相場は、3万円~5万円ですね。

パソコンがまだまだ低性能で、20万~40万円だということを考えても、ゲームハードとしては贅沢だったと思う。

 

1995年からすべてが変わった。

日本初のOS、TRONが出すに出せなくなったせいで、アメリカのマイクロソフトさんは、Windows95を大幅にリリース。これにより、インターネットが普及して、アメリカ先導の世の中になった。

 

1995年のパソコンについて調べてみた。

nendai-ryuukou.com

パソコンがMS-DOSからWindowsに完全移行したため、NECの国民機としてのPC-9821シリーズが製造終了。以後は、VALUE STARに移った。(DOS/V→Windows)

 

そして、インターネットの時代が到来して、草の根パソコン通信が全滅した。

まだ、接続はダイヤルアップの時代だったため、自宅と同じ市内局番で1番号だけ23時から6時までつなぎ放題だった、『テレホーダイ』が普及したね。

 

www.esquire.com

1995年と言えば、ソニーさんの初代PlayStationが登場した年でもあります。

任天堂64が出たのが1996年だから、それよりも先に出たことになります。

値段も49,800円と強気な姿勢でしたが、その後、自社工場の強みを活かし、コストカットと値段を抑えることに成功して、29,800円にまで値下げできました。

 

セガサターンも比較的クソゲーが多かったPlayStationを抑える形で、健闘したものの、任天堂さんと違って、新参者のソニーさんに勝てませんでした。

 

CD-ROMといえば、640MB(メガバイト)ですが、当時のCDの使い方は、生演奏をCDに収めてメモリを節約しましたが、この先の音楽チップの進歩によって、全てをゲームデータにすることが出来ました。

 

PCの種類は大幅に増えまして、ピンからキリまであるのがこの頃からです。

 

それから…。

ゲームセンターのゲームをそのまま持ち帰ることが出来たSNKさんのネオジオはこの頃生まれます。

100メガショックは、飽くまで100メガビットであり、実際には12.4Mバイトに過ぎませんでした。

 

しかも、ROMカートリッジが膨大で20,000円前後しましたね。

ハードが59,800円とソフトが20,000円台とお金持ちのスネ夫ちゃましか楽しめないハードでした。

 

そして、2000年にソニーさんからPlayStation2が登場しました。

まだ、贅沢品であったDVDが観られることもあってか、1999年の映画『マトリックス』と同時に買った人が多かったように見受けられます。僕もその1人です。

 

DVD-ROMになって、メモリの多さが面白さのバロメータではなくなり、大容量を売りにすることが中断されるようになりました。

 

PCはWindows98から、2000を通って、XPになりました。

WindowsXPの頃になると、ゲーミングPCでも自作で6万円台から買えましたね。

パソコンはフルスペックにすれば、当然高くなりますが、それでもMacのように100万円を超えることは殆どありません。

 

パソコンは、価格のWindows、性能のMacと棲み分けがされるようになりました。

それにPCゲームもオンラインの時代になり、同人でもプロ並みの作品が多くなりました。

 

パソコンの価格破壊は、この頃からされるようになりましたね。

 

パソコンの価格破壊はここまで進んでいる。

最近では、ドン・キホーテで20,000円台のWindows10パソコンが売られるようになりました。

メモリが4GBとちと少ないですが、動画を見るだけでメールやブログを書くだけだったら、これでも十分やって行けます。

 

ただし、動画編集は諦めたほうが良いでしょう。

 

長々と書きましたが、ここまでにしたいと思います。

 

ゲーム機は、春節と新型コロナウィルスの影響により、Nintendo Switchが暴騰していますが、そろそろ値段が落ち着いてくる頃でしょう。

 

ゲーム機は、Nintendo Switchの安定価格が25,000円前後で、PS4が49,800円ぐらいだったと聞きました。

 

中古販売でも幅が効いており、こだわりがなければ、安く手に入れることは不可能じゃありません。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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