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VividColorDreamer〔仮題〕

HSPを抱えた流浪のブログ。テンションだけで乗り切れる。HSPを導きたいと思っています。

3月10日はマリオの日。アメリカからの記念日。2選。

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あなたにおはようございます!

朝5時10分作家の十六夜ヒロです。😹🐟

 

みなさん、ご存知でしょうか?

3月10日はマリオの日なんです。

(写真はツインビーだけどね。)

 

何故かというと、英語で3月はMarch、略して”Mar.”、10とあわせて、”Mar10”でマリオの日。

 

アメリカが制定した日なのです。

 

他のサボテンの日などがありますが、今日はアメリカにちなんで、こんな話題を。

 

それじゃ、本文に行ってみよう。"Here we go~!"

(これももうすぐ使えなくなるのか。)

 

マリオの日と言えば。

アメリカのキャラクターって、元々は著作権管理が厳しいので、思うように行かない事情があった。

 

任天堂さんは最初、ポパイの続編を企画していたが、キャラクターが使えないということだったので、急遽代役を打ち出した。それがジャンプマンだった。

 

後のマリオである。

pedant19.com

Googleさんも、アップデートで検索してみなくても答えが出るように、ポータルサイトを真っ先に打ち出しているみたいだ。

僕も検索1位を目指したいですね。

その為には、SEOを覚えなくちゃ。

 

おっと、話がそれてしまった。

そのジャンプマンが登場したデビュー作がドンキーコング。

ファミコンでは容量の都合上、ステージ75mが省かれており、少々物足りなさを感じたが、それ以外の移植再現度はピカイチで、14,800円(当時は消費税がなかった。)でこの再現度はすごいと言われていた。

 


[AC] ドンキーコング Donkey Kong

 

ハンマーを取ると樽やモンスターを破壊できるなど、反撃の機会が設けてあり、カタルシスを得るには十分であった。

(動画はアーケード版。)

 

ジャンプマンにマリオの名前が与えられたのは、1983年3月14日にゲーム&ウォッチ版が発売された。この頃からである。ただし、アーケードは1983年7月14日になる。

内容は別物。

 


GW マリオブラザーズ Mario Bros

ベルトコンベアーに乗せた商品をトラックに載せるまで延々とラリーを行うゲームですね。

直接トラックに載せたら良いのに、何やってんだか。(笑)

ルイージが左側。マリオが右側なんですね。

この頃のマリオ兄弟は配管工ではありませんでした。

 

アーケード版で、マリオブラザーズは爆発的なヒット。

そして、1985年9月13日にスーパーマリオブラザーズが発売されて、マリオは国民的ヒーローになりました。

 

その後は、1996年2月27日に発売されたゲームボーイ版『ポケットモンスター赤・緑』に抜かれるまで、世界で最も売れたビデオゲームとして、君臨しました。

 

アメリカはもう一つ記念日を日本にもたらした。

アメリカはもう一つ記念日を日本にもたらしました。

 

それは爆撃機B-29による東京大空襲です。

厳密には何度か行われていますが、広島の原爆を超える10万人の死者を出した3月10日の大空襲が一番記録に残ります

 

日本人にとっての最大の大虐殺で、これを忘れてはなりません。

jbpress.ismedia.jp

3・11(東日本大震災)のインパクトがデカかったために忘れがちになっていますが、戦争もそろそろ風化してきたかと思う今日このごろです。

 

広島・長崎の原爆ばかりがクローズアップされるこの頃ですが、あれは核兵器を使えば、世界が確実に滅ぶから抑止力して声高に叫ばれていますが、死者数は東京大空襲のほうが多いです。

 


【オトラジ#9】絶対に忘れてはいけない。『3.10東京大空襲』を徹底解説。

僕は戦後生まれなので、戦争の記憶はありません。

そして、戦時中に生きてきた人たちは次々と亡くなっていきます。

 

jbpress.ismedia.jp

勝てるはずのない戦争を仕掛けた山本五十六元帥にも責任はあるでしょうが、僕は数々の戦争映画を見てきて、どうして平和裏に持って行けなかったのか疑問でした。

 

物資料に不足のないアメリカに戦争を仕掛けるなんて理不尽です。

 

日本も一度は、貿易でアメリカに勝てる見込みがあったのですが、それもアメリカの不満の宣伝とそれにビビった無責任なマスコミによって泡と消えました。

 

日本がアメリカに勝てる唯一の手段だったTRON


【衝撃】日本が開発した「幻のOS」に世界が震えた!

3月10日とは関係がないが、日本が唯一アメリカに勝てる見込みがあったTRONについて書きたいと思います。

 

日本がTRONを売り出したかったのですが、アメリカがそれに猛反発。

日本車をハンマーで壊す動画がテレビで放送されるやいなや、日本のマスコミが日本はアメリカに従うべきだと放送。

 

その後、1995年にWindows95が一斉に売り出されて貿易摩擦の騒ぎは沈静化しました。

 

(インベスターZ調べ)

 

TRONは結局、著作権を譲渡しましたが、現在はスマートフォンの組み込み式OSの原型として、静かに残るのみとなりました。

スマートフォンが使えるのも、TRONのおかげだったのです。

 

以上、アメリカが日本に与えた3つの出来事でした。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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 それではでは!ごきげんよう!