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十六夜(izayoi)ヒロが運営する電子出版レーベル『アルカネットブックス』公式ブログ。上半期中に1冊出したいですね!

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【朝ブログ】自分を信じない奴なんかに、努力する価値はない!!!

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 日本人って、概ね努力を強いるくせに、挫折経験を持つ人を敬遠する傾向が強いじゃないですか?

僕自身も『100点を取らない99点の人は、0点にも劣る(全てか無か)』という考えでした。

その時は否定経験ばかりをされて、自分を信じることができませんでした。

今の職場に入ってから、自分を信じることが出来、立ち直ることが出来ました。

多分、まともに育っていない人は、自分を信じることが出来ずに大人にならざるを得なかったんじゃないかと思うのです。

 

日本人はローリスクハイリターンを求めるのが美徳なのか?

世の中に溢れる成功者の言い分には、最小限の努力だけで成功を収めた様に評されているが、BABYMETALにせよ、イチローにせよ、本多静六さんにせよ、裏でどれだけ血の滲むような努力をなされたのか、全く描かれていない。

高度成長期は『努力をすればするほど、願いは必ず叶う』時代であった。だから、血の滲むような努力は美徳として描写された。巨人の星なんかがその例である。

ファーストガンダム(=機動戦士ガンダム)(富野由悠季さんが直接関わった作品)では、富野監督が戦前生まれだけあってか、アムロの努力劇とシャアのエリートゆえの葛藤が描かれていた。選民かそうでないかの違いは『ニュータイプ』という記号によるものである。

それに反して、機動戦士ガンダム・鉄血のオルフェンズはモビルスーツパイロットは阿頼耶識(あらやしき)システムの定着によって改造手術を受けたサイバー人間(ヒューマンデブリ)である。それはモビルスーツを動かすためには、選ばれた少年である必要があり、選ばれなかった少年は障がい者になってしまうというリスクを得るのだ。機動戦士ガンダムSEEDシリーズ(コズミック・イラ)では、コーディネーターというデザインベイビーによる出生の差によって、貧富(モビルスーツが動かせる=主役にふさわしい)が生じている。これは富野由悠季監督が直接関わりがないため、努力による成功(成長)からかけ離れている。

このことから、バブル期に差し掛かって努力の価値が大いに下がり、泥臭いものは敬遠される様になった。

そこで言われるのが、『努力しないで成功したものが偉い』という風潮だ。

人によって、それは努力が努力に見られないだけであり、苦しいものには蓋をするという傾向が強くなった。それが選民思想でもある。

バブル期では都内の有名大学に入って、一流企業に入ったら一生は安泰である様に描かれた。…山一證券が倒産して、バブルが崩壊するその時までは。

それ以降は、挫折経験のない新卒ばかりを求人するという有様になった。

派遣や中途採用の人には出世コースから外れてもらうという傾向が強くなったのだ。

それには、新卒以外の人には仕事を教える教育費を出すのが惜しくなり、即戦力は前の会社にいたエリート社員の引き抜きのみを求めるといった様子が描かれている。

それだけ、人にコストをかけられないのが実情であると思う。

最近の若者は会社を信じない。

かつて80年代には、任天堂をはるか凌駕してゲーム業界第1位であったナムコも、10数年前にはバンダイに吸収合併されて消滅してしまった。

それだけ、一つの会社の寿命は限りなく短いと言われている。

あの東芝にせよ、SONYにせよ、日本の大家電メーカーは海外の輸入勢力に押されて、縮小を余儀なくされている。

大会社でさえ、いつ潰れるのかわからないのだ。

ONE PIECEを見て育った若者は、会社という組織を『自分が成長するための踏み台』にしか思っていない。悪役として描かれる海軍は現実における軍隊や警察であり、体制側は悪として描かれる。反体制のアウトローが主役として描かれるのは特別に新しくはない。

例えば、女囚さそりシリーズ(梶芽衣子さん出演)なども、国家(=日本国『日の丸』)に対する反体制のアンチヒロインとして描かれる。流石に人がナイフで人体に大ダメージを与える描写は今でこそギャグみたいであるが、今の反組織ヒーロー像にも共感できる部分があるように思える。

今の若者は、フリーランスである事を誇りに思い、組織に属する事を恥じているようですね。

それだけ、国や会社が頼りない背景には、お世話をすることができないから、自己責任で立ち上がってね!というメッセージが偲ばれる。

若者の反乱(リベリオン)。

かつて、高度成長期にはモノを多く持つ事は、ステータスであり収入のバロメーターでもあった。

モノが高ければ高いほど、それは格付けで有利になり、序列の高低差を生み出しいた。

若者を中心に流行しているミニマリズムはそう言った流れに対するレジスタンスだと思っている。(もともと給料が低いので、給料の高かった親世代に反発をせざるを得ないのです。)

多くのものを必要としないミニマリストはCM(洗脳)主義にも従わないので、高度消費時代にも逆らっている。

若者が車から離れたというよりも、車自体がそもそも必要ないのです。

僕が地方在住でなければ、車なんか手放していたでしょうし。(笑)

今は軽自動車で十分だと思っていますね。

自分を信じない奴なんかに、努力をする価値はない!!!

自分が好きになれば、自分にあった努力もできるし、苦しみだって半減するだろう。

イヤイヤ努力したってうまくいくはずもない。

本多静六さんは、本業が例え嫌なものであったとしても、努力を続ければいつかは楽しくなるとおっしゃっていた。これが『職業道楽化』である。

本多静六さんの言葉を現代語訳したものには、努力しても嫌なものは、会社を辞めておいても良いと書いてあるものもある。(その時になってみて、必死に考えればいい。)

本業が楽しくなれば、副業だってやりがいが持てるようになる。そう考えています。

自分が信じられなければ、自分の直感を信じてみることから始めてはいかがでしょうか?

直感を信じられるようになったら、自分の行動に責任が持てて、自信がついて来ますよ。お試しあれ。

過去記事。 

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  それじゃ、またね!